近年、増加する「カスハラ」という現代の闇 ― 従業員を守るために、いま求められる対策とは?【後編】
【後編】クレーム対応のマニュアル/カスハラへの具体的な対応
本コラムの前編では、カスハラの意味とクレームへの組織的対応の重要性について解説いたしました。
では、実際に、クレームが発生した際、どのように対処すれば良いでしょうか?
この疑問に答えるべく、後編では具体的な対応マニュアルをわかりやすく解説いたします。
クレーム対応のマニュアル
クレームが発生した場合には、以下の手順に従って対応を進めます。

- 1.聴取
- まず、クレームが発生したら、クレームの内容を詳細に把握します。
5W1H(いつ、誰が、どこで、何を、なぜ、どのように)を意識して、評価ではなく、事実関係をしっかりと確認します。
例えば、「販売商品が腐っていたせいで子供が体調不良になった」というクレームがあった場合、この内容のみでは、聴取は充分ではありません。「いつ、誰が、どこで、何の商品を購入したのか」といった、具体的な聴取が必要です。
聴取の段階では、すべてのクレームを通常クレームとみなして丁寧に対応します。
道義的な謝罪(「不快な思いをさせて申し訳ありません」など)を有効活用し、この段階では聴取に徹し、回答は控えます。
- 2.調査
- つぎに、聴取した内容をもとに、「事実確認」「法的責任の有無」などを調査します。
顧客と従業員、どちらの発言も鵜呑みにせず、潜入感を排除し、多角的・複数人で調査を行います。
レシートや診断書等の客観資料との整合性も検討します。
- 3.クレームの判定(通常クレーム or 特殊クレーム)
- 調査結果を基に、「要求内容の妥当性」と「手段・態様の相当性」を精査し、クレームを「通常クレーム」か「特殊クレーム」かを判定します。この際、顧客ごとの判断が公平かつ平等になるよう注意深く行いましょう。
クレームの判定は、できる限り会議体や、一定の権限を持つ人が判定権者となって判断する必要があります。これにより、組織として「これは特殊クレームだから毅然として対応して大丈夫です。相手が怒ることがあっても、あなたの責任を問うことはありません。」というメッセージが従業員に明確に伝わり、不安を軽減し、適切な対応を可能にします。
- 4.クレームに対する回答
- 本コラムの前編で解説したとおり、クレームには組織的に対応することが重要です。そのため、回答も、「組織として」行いますので、書面による回答を推奨しています。書面の表現は簡潔かつ丁寧なものがいいでしょう。事案によっては、法律専門家に相談することをお勧めします。
通常クレームの場合は、解決に向けた対応を進めます。
特殊クレームの場合は、毅然とした態度で「回答」「対応終了/打ち切り」を行います。
- 5.解決または対応終了
- 特殊クレームにおいては、時として「こう着状態」に留める、あるいは「対応の打ち切り」を選択する必要があります。この決断は、簡単なものではありませんが、時にはそれが最適な選択であり、「それで良い」と割り切る姿勢が求められます。
「これ以上の対応はいたしかねます」と毅然とした態度で相手に伝えたり、電話を切ったり、相手が納得していなくても「この件はこれで終了です」と締めくくることが特殊クレーム対応では重要です。この対応は一見冷たく思えるかもしれませんが、特殊クレームに対しては、すべての人を満足させることを目指す必要はありません。
「これ以上は対応しない」という線引きを行い、組織として毅然とした対応を取ることが正当であり、時には必要です。
大切なのは、このような決定が個人ではなく、組織全体の意思として行われることです。担当者一人に対応の負担を押し付けるのではなく、明確な基準と適切なサポート体制を整え、「対応を終える勇気」を組織全体で共有することが重要です。
特殊クレームを適切に終わらせることは、顧客満足とはまた異なる形で、組織の健全性を守るための手段です。
- 6.再発防止のためのフィードバック
- クレーマーへの対応としては、上記⑴~⑸までですが、組織としては再発防止を図るために、組織全体へのフィードバックという重要なプロセスがあります。
対応事例を集約することにより、通常のクレームの場合は、事業活動の改善に役立つ資源となり、特殊クレームの場合は、クレーム対応のプロセス自体の改善につながります。
クレームの「聴取」等によって判明したクレームの原因や、改善策、クレーム対応における不備、回答、履行内容などをクレーム対応履歴として記録化します。
これらの記録を組織全体にフィードバックすることで、全体のサービス品質の向上を図ります。

状況別の実践的な対応
以下では、カスハラの具体的なケースに応じた、最適な対応方法について詳しく解説いたします。
電話対応
- 相手の情報を確認する
名前と連絡先等、記録のために必要な情報を取得します。
これには自分の名前や住所、電話番号を知られることで、相手が脅迫的な言動を控える効果もあります。
相手のペースに飲まれることなく、一方的な発言や暴言にも動じず、冷静に情報を聞き取ることが重要です。 - 従業員の名前の開示を制限
「フルネームを教えろ」と言われるケースがありますが、名乗る義務はありません。
このようなケースに備え、「苗字のみを名乗る」というルールをあらかじめ決めておくと、従業員が、「恐れ入りますが、会社の規則で名字のみ名乗るよう決められております」とスムーズに対応できます。 - 執拗または長時間の電話
初回の電話では、顧客の話を丁寧に聞き、クレームが通常のものなのか特殊なものなのかを見極めることが重要です。
同一人物が何度も電話をかけてくる場合や長時間にわたって話を続ける場合は、「現在調査中のため対応できません」「これ以上の対応はいたしかねます」と伝え、通話を終了して構いません。
さらに、可能であれば、組織として「電話対応は1時間まで」といった基準を設けることをお勧めします。
このルールを設けることで、従業員は「社内規定に基づき、通話は1時間までとさせていただいております。内部で検討後、改めてご連絡差し上げます」と案内できます。
また、この対応を行った後に、相手から再び電話がかかってくる可能性や、窓口に乗り込んでくる可能性もあるため、職場内で速やかに情報を共有し、誰が対応しても一貫した対応になるよう努めましょう。 - 脅迫的な発言への対応
「殺すぞ」「覚えておけ」といった発言をされた場合、録音を開始することを伝えると、相手に自己の言動を意識させ、場の緊張を和らげる効果が期待できます。
「建設的な話し合いのため、録音を開始します」と冷静に宣言する、あるいは電話の冒頭で「記録のため、録音させていただきます」といったメッセージを流すことが効果的です。
また、「殺すぞ」と言った発言は脅迫罪に該当しますので、警察への被害申告も検討しましょう。被害届を出さずとも、行政相談として警察に相談することで、繰り返し電話がかかってくる場合には、「すでに警察に相談させていただいております」といった対応が可能になります。
メール対応
長文メールや頻繁なメールによって、従業員がダメージを受ける場合があります。この問題に対処するためには、メールに返信する義務はないという方針を共有し、不適切なメールへの対応を減らすことが重要です。
また、過度に人間味のある対応は、相手によっては面白がられ、問題がエスカレートしかねません。
そのため、事前に用意した機械的な定型文を使用して返信することも検討しましょう。この方法は、メール対応における従業員のストレスを軽減し、一貫性を保つのに役立ちます。
面談対応
- 初回と再訪の区別
電話対応同様、窓口での面談対応も、顧客の訪問が初めてか再訪問かに応じて異なるアプローチが求められます。
初回の面談では、顧客の話を丁寧に聞き、クレームが通常のものなのか特殊なものなのかを見極めることが重要です。
一方、同一人物が何度も訪れる場合、2回目以降の訪問とみなし対応方針を変更することが適切です。例えば、「現在調査中のため対応できません」と伝えたり、「回答は後日提供しますので、お引き取りいただけますか」と告げることが効果的です。 - 名刺を要求された場合
面談対応時に「名刺を出せ」と言われるケースもあります。電話対応のケース同様、名刺を渡すことも、フルネームを名乗る必要もありません。
また、従業員が名札を付ける場合には、フルネーム表記ではなく、名字だけにする企業が増えています。 - 窓口で怒鳴るクレーマーへの対策
窓口で怒鳴るクレーマーには別室に誘導するのが効果的です。
移動のタイミングで、録音・録画を開始し、さらに対応人数を増やしましょう。 - 長時間居座る場合
電話対応同様、可能であれば、組織として「面談対応は1時間まで」といった基準を設けることをお勧めします。
このルールにより、長時間居座る訪問者に対して「社内規定により、個々の面談時間は1時間までと定めております。現在の問題を解決するには時間が必要ですので、一度お引き取りいただきたい」という形で伝えることができ、従業員の負担を軽減することができます。
また、上記対応をしても、事業所や店舗等から退去しない場合には、不退去罪が成立する可能性もあります。
訪問要求への対応
自宅等相手の私的空間への訪問は、高いリスクを伴います。なぜなら、証人が不在の状況下で、例えば「物を壊した」や「暴行を受けた」といった事実無根の主張をされたり、帰してもらえない(監禁される)ことも考えられるからです。
特殊クレーマーからの訪問要求には原則として応じる義務はありませんが、訪問が避けられない場合には、安全確保のため複数人で訪問してください。場合によっては、顧問弁護士の同行や、警察への事前相談を検討した方がいいでしょう。
また、訪問場所は、企業側が選定権を持ち、喫茶店やホテルのロビーなど、周囲の目がある場所を指定することが望ましいです。「家に来い」と怒鳴られたり、「家に来ないなら会ってやらない」と言われたとしても、「特殊クレーマーには会う必要がないし、会う義務もない」という基本方針を念頭に置いてください。
よくある要求への対応
- 謝罪要求(「謝れ」と言われた場合)
「道義的な謝罪」は、非や責任を認めるものではなく、相手にかけた不便や不快感に対する心遣いを示す表現です。したがって、謝罪すると「責任を認めたことになる」といった考えを持つ必要はありません。
例えば、「ご不便をおかけしてしまい申し訳ありません」や「不快な気持ちにさせてしまい申し訳ありません」といった言葉は、責任の認定を伴わず、相手を不快にさせた事実に対して誠実さを示す手段となります。
一方で、「申し訳ございません。すぐに返品対応をさせていただきます」といった具体的な過失を認める謝罪は、法的な責任や追加の対応を引き起こすリスクがあるため、慎重に行う必要があります。この区別を理解し、状況に応じて適切に謝罪を活用することが重要です。 - 「上司を出せ」や「社長を出せ」と求められた場合
組織の上層部(決裁権者)は交渉に直接関与すべきではないとされています。その理由は、上層部の発言が組織の最終決定と見なされ、交渉が不利になるリスクがあるからです。
また、上層部が「検討しますので、一度お引き取りください」と対応を回避しようとしても、「あなたが責任者なのに、なぜ今決められないのか!」との反論を招き、交渉を複雑化させる可能性もあります。上層部の対応が不可避な場合には慎重に対応すべきです。
そもそも特殊クレーマーには対応者を指名する権限はありませんので、「お断りします」「すべての対応は組織全体の決定に基づいており、どの職員が対応しても結果は変わりません」と明確に伝えることが妥当です。このアプローチにより、交渉を有利に進めることが可能になります。 - 従業員の懲戒処分の要求
顧客の要求に応じて懲戒処分をしてはいけません。不当な懲戒処分は労働紛争を引き起こすリスクがあります。
懲戒処分は、組織の規律を保持する重要な手段であり、組織が定める基準に従い、公正かつ適切に実施されるべきです。顧客からのクレームを考慮すること自体は制限されていませんが、クレームが懲戒処分の基準や内容に不当な影響を及ぼすことは避けましょう。 - 土下座の要求
「土下座をしろ」との要求に応じる必要はありません。土下座を強要する行為は、強要罪に該当する可能性があり、過去にはこのような事例で懲役刑の判決が下されたケースも存在します。
したがって、このような要求には「土下座を強要する行為は強要罪にあたり、犯罪となる可能性がありますので、応じることはできません」と冷静に説明することが適切です。
最後に
カスハラが社会問題として広く認識されている現在、組織は、従業員を保護し、カスタマーサービスの質を向上させるために適切な対応策を講じることが求められています。
この機会に、カスハラ対策を組織全体で議論しましょう。組織が積極的にカスハラ問題に取り組む姿勢は、その誠実さを示すバロメーターとなり、顧客と従業員双方の信頼を築く基盤となります。
また、「お客様は神様」という古い信条を見直し、明確なクレーム対応ガイドラインを設定することで、全従業員が安心して働ける環境を整えることができます。これは、組織全体の健全性と信頼性を守り、強化することにもつながります。
最終的に、カスハラに対処することは単なる危機管理ではなく、企業文化を育む機会ともなります。これにより、真に持続可能なビジネス環境の構築が可能となるのです。
