AIで契約書を作成する時代の現実と課題 ― 現場の変化と弁護士の視点

AIで契約書を作ると何が起きるのか。本記事では、ハルシネーションや誤ったプロンプト設計によるリスクと、その実務的な対処法を、弁護士の視点で解説します。
ChatGPTやGeminiといった生成AIの登場で、契約書や社内規程をゼロから作るハードルは劇的に下がりました。これまで「時間がない」「弁護士費用が高い」といった理由で後回しになりがちだった契約書や規程の見直しも、まずはAIにドラフトさせて骨格を整える、という手法が、中小企業でも広がりつつあります。
私を含む多くの弁護士は、法律文書の作成について、通常、タイムチャージ(時間単価)で費用を見積もります。そして、企業がAIで一次案を用意した上で、弁護士にチェックだけを依頼すれば、弁護士がゼロから起案するよりも作業時間が短くなります。そのぶん弁護士への支払額も抑えられる、というのが弁護士としての正直な実感です。
実際に私の経験として、「ChatGPTで作った下書きをレビューしてほしい」という依頼が、この1年で急増しています。ただし誤解のないよう強調したいのは、当事務所がAIに契約書を丸ごと生成させている訳ではないという点です。弁護士には、長年の実務経験や交渉ノウハウ、法令・判例・ガイドラインに即した独自資料や専用システムがあり、これらを踏まえて条文を組み立てます。したがって、弁護士が作成する契約書と、一般の方がAIから出力した雛形とではクオリティが根本的に異なります。
また、生成AIは下書き作りや条文案の検討に役立つ強力なツールですが、誤ったプロンプトや不十分な入力情報のまま任せきりにすると、実情とかけ離れた条文になります。その結果、コスト削減どころか修正作業、混乱や再交渉が発生し、かえって手間や費用が膨らむこともあります。
本記事では、こうしたリスクを踏まえつつ、契約書などの作成のために、生成AIを上手に活用する方法を解説します。
1.契約書は著作物?AI生成との関係と著作権の誤解を解く
生成AIを使って契約書を作成した場合に、それが著作権侵害にあたるのではないか、あるいは、著作権侵害だという誤解を受けてトラブルになることはないか、と懸念を抱く方がいます。「他人の書いた契約書と、ChatGPTの出力は似るのではないか」「出力された文章が、他人の著作権で保護されていることはないか」と心配される方もいらっしゃるのではないでしょうか。
しかし結論から言えば、通常、契約書に著作権が成立することはありません。
著作権法は「著作物」を「思想又は感情を創作的に表現したものであつて、文芸、学術、美術又は音楽の範囲に属するもの」と定義しており(同法2条1項1号)、①思想・感情 と ②創作性(個性)の両方が必要とされています。契約書のような法律文書は、事実関係と法律要件・効果に基づく機能的な記述になりますので、創作性のある「表現」として評価されにくいものです。
契約書の著作物性を否定した裁判例に、東京地裁昭和62年5月14日判決(土地売買契約書事件)があります。この判決では、問題となった契約書の記載内容は、思想又は感情を創作的に表現したものではない、とされ、著作物性が否定されました。
また、実務の世界でも、「契約条文は法令や実務慣行に沿った定型表現が大半であり、創作性を欠く」という理解が定着しています。そのため、通常の契約書本文については、著作権侵害を過度に心配する必要はないというのが、法律家の共通認識です。
もちろん、詳細な図表・解説・レイアウトなどに独自性が加われば著作権が成立する余地はありますが、AIが出力した契約書の条文そのものを用いるだけで著作権侵害となるリスクは、通常は極めて低いといえます。
契約書の著作物性については、浦川雄基弁護士が以下の記事の中で、詳細に説明していますので、ご参考ください。
2.契約書作成に潜む生成AIの2大リスクと具体的な対処法
2-1 リスク①:AIが架空条文を作る“ハルシネーション”とは?
ハルシネーションとは、生成AIが“もっともらしい語句”を確率的に並べる過程で、実在しない情報を、あたかも事実であるかのように出力してしまう現象を指します。これが生成AIを契約書作成に用いるにあたり、生じうるリスクの1つです。
象徴的な事例として知られるのが、2023年に米国ニューヨークの連邦裁判所で係属した Mata v. Avianca, Inc. 事件です。この事件では、担当弁護士が ChatGPT の回答をそのまま信用し、実在しない判例をいくつも引用した書面を裁判所に提出した結果、5,000ドルの制裁金を科されました(英語の記事ですが、事件の詳細についてはこちらの解説があります)。
契約書のドラフティングにおいても、同様の問題が生じ得ます。たとえば、存在しない法律の条文を「○○法第○○条」などと実在するかのように挿入してくるケースは、生成AIでは比較的よく見られる現象です。また、条文の構成が実務の慣行と微妙にズレていたり、典型的な契約に含まれない不自然な規定が紛れ込んだりすることもあります。これらは一見すると正しく見えるため、専門的知識がないと見抜きにくいのが厄介です。
こうした不正確な情報が契約書に含まれたまま相手方に提示されると、「本当にこの企業は契約内容を理解しているのか?」と不信を招くおそれがあります。契約は信頼を前提とするプロセスであり、また、契約締結交渉のときは、「相手方は信用に足るものか」を探りあっている状況にあります。そのため、ちょっとした不備でも、交渉が不利になる要因となり得ます。

2-2 リスク②:誤ったプロンプトが生む契約書の“ズレ”と対策
実はプロンプトの誤りが、ハルシネーションよりもリスクとしては大きいところです。
生成AIの出力ミスの多くは、モデル側の不具合ではなく、人間側が与える情報、すなわち「プロンプト」に問題があることによって引き起こされます。
ここでいうプロンプト(prompt)とは、ChatGPTやGeminiなどの生成AIに対して、「どのような契約書を出力すべきか」を指示するための文章や条件設定のことを指します。たとえば「業務委託契約を作成して」「売買契約を20条構成で作って」といった、ChatGPTのチャット欄への入力内容がそれにあたります。プロンプトが適切でなければ、出力結果も当然ながら不適切になります。
プロンプト設計ミスとは、生成の前提となる情報が足りない、あるいは曖昧なままAIに依頼してしまうことで、実情と食い違うにもかかわらず、体裁の整った契約書が“もっともらしく”出来上がってしまう現象を指します。
たとえば、取引の実態としては「買主の仕様に基づいて製品を製造し、売主がそれを納品・販売する」という、いわゆる特注型の売買契約であるにもかかわらず、その重要な前提(仕様指示・売買である旨・所有権移転のタイミング等)を人間がプロンプトで十分に指定しなかった場合、どうなるでしょうか。AIは、「仕様に基づく成果物の完成」を要件とする業務委託契約だと誤認し、それに沿った契約書を出力してしまう可能性があります。文面だけを見れば一見もっともらしく見えるものの、契約形態としては全く別物になってしまうわけです。
また、「短期プロジェクトの業務委託契約を作って」といった曖昧な依頼をした場合も、AIは成果物の内容、納期、検収方法、支払条件などをすべて推測で補完して条文を構成することがあります。その結果、委託内容や責任範囲が実態と合致しない契約書が生成される可能性が高くなります。
こうした齟齬のある契約書を交渉の場で提示すれば、「この会社は契約内容をきちんと理解していないのではないか」といった不信感を相手に抱かせるおそれがあります。契約交渉においては信頼関係が極めて重要であり、こうしたミスは取引を破談させる可能性があります。
したがって、プロンプトの設計=AIへの指示内容の精度は、生成AIを契約書作成に活用する際の“成否を左右する最大のポイント”と言っても過言ではありません。
3.生成AIで契約書を作る際のリスク回避策5選【実務に効く】
ここまでご紹介した「ハルシネーション」と「プロンプト設計ミス」は、一見まったく異なる問題に見えますが、いずれも“生成された契約書が信頼できない”という共通のリスクをはらんでいます。
この両方のリスクにまとめて効く、有効な対策を5つ、ご紹介します。
3-1 社内テンプレとRAGで生成AIを“正解ベース化”する方法
RAG(Retrieval-Augmented Generation)とは、生成AIに対して事前に定めた社内情報やナレッジベースを検索させ、その情報を元に出力させる仕組みです。これにより、AIが勝手に想像して条文を生成するのではなく、正確な社内テンプレートや過去の契約データを根拠にした出力が可能になります。
具体的には、会社で正式採用している契約書の条文テンプレートを準備し、生成AIには「まずそのテンプレートを検索し、該当条文を引用したうえで、不足部分だけを補完せよ」と指示します。これにより、存在しない条文の生成(ハルシネーション)をほぼ排除できるだけでなく、実態に合わない構成になるリスクも大幅に減らせます。
3-2 プロンプトの質を保つ「入力チェックリスト」の実践法
生成AIの活用であり得るトラブルは、現場担当者が必要な情報を十分に与えないまま契約書の作成をしてしまうことです。AIは与えられた情報だけをもとに条文を出力するため、重要な前提が抜け落ちていれば、内容が実態と食い違ってしまいます。
これを防ぐ手段として有効なのが、契約類型ごとに必要情報を整理した「入力チェックリスト」の活用です。たとえば、契約の目的、金額、期間、納品条件、責任分担など、AIに必ず伝えるべき項目を明示し、入力時にその抜け漏れがないかを確認させる運用を行います。
この方法の利点は、入力の品質を一定水準に保てることです。専門知識がなくても、チェックリストを使えば誰でもAIに必要な情報を過不足なく伝えることができ、結果としてプロンプト設計ミスの予防につながります。
3-3 構成→詳細へ。AI出力を精度化する“段階的プロンプト設計”
契約書を生成AIに作成させる際に有効なアプローチの一つが、「段階的に出力する」という方法です。これは、完成形を一気に出力させるのではなく、まず大まかな構成だけを作成させ、その後に詳細な情報を与えて内容を精緻化するというプロンプト設計の工夫です。
具体的には、
① 最初に契約書の「条文構成(アウトライン)」のみをAIに出力させ、
② その構成に沿って、各条文に必要な情報を追加入力して再度生成させる、
という2段階のステップで進めます。
このような段階的な生成アプローチは、AI活用の現場でも広く推奨されており、「Chain of prompt」と呼ばれる手法として知られています。リーガルテック分野で国際的に評価の高い企業であるContractPodAiも、記事「Mastering AI Prompts for Legal Professionals in 2025」の中で、契約文書の作成においてはChain of prompt(段階的出力)が特に有効であると述べています(記事リンクはこちら)。
この方法が有効なのは、生成AIが与えられた情報の構造や強調順に敏感に反応するという特性を持つためです。最初から大量の情報を詰め込んでしまうと、AIが重要な要素をうまく把握できず、文脈のズレや条文構成の不整合が起きやすくなることがあります。
一方で、段階的に出力させることで、
●構成段階で方向性のずれを早期に把握できる
●各条文の精度を一つずつ高められる
というメリットがあり、最終的な修正量の削減にもつながります。
3-4 AIの生成結果をAIに再チェックさせる簡易リスク対策
生成AIを活用する際、最も手軽にできるチェック方法の一つが「AIにAIの出力結果を再確認させる」ことです。たとえば、AIが生成した契約書案に対して、「この内容に矛盾や誤解を招く表現はないか」「契約の目的に照らして不自然な条文はないか」といった観点で、AI自身に問い直すプロンプトを入力することで、簡易的な自己検証が可能になります。
こうした方法は、特別な設定や外部ツールを使わずに実施でき、初期段階の見落としを減らす助けになります。現場レベルでもすぐに取り入れやすい運用です。
また、同じプロンプトを別の生成AI(異なるモデルやベンダー)にも入力し、出力内容を比較するという方法もあります。複数のAIが一致する箇所は信頼度が高く、食い違う部分は重点的に確認すべきポイントとして人間が確認する、という運用が可能です。
3-5 専門家レビューとログ保存でAI契約書の信頼性を担保する
生成AIによる契約書作成において、最も導入しやすく、実務上の効果が期待できるのが、弁護士によるレビューをプロセスに組み込むことです。 契約書は最終的に法的な責任を伴う文書であり、その内容を担保するためには、専門的な目での確認が不可欠です。
具体的には、AIが出力した契約書案に対して、弁護士が変更履歴付きでレビューを行い、修正内容を記録に残す運用が推奨されます。これにより、どこにどんな問題があったのかが明確になり、修正内容の妥当性を事後的に検証することも可能になります。
さらに、レビュー結果と対応するプロンプトや生成手順をセットで保存しておくことが重要です。 その記録をもとに、プロンプト設計や生成フローを見直し、生成の質を継続的に高めていくサイクルを構築することができます。
また、AIによる文書生成に理解のある弁護士と、生成の背景やプロンプト内容を共有しながら意見交換することで、レビューの精度も向上し、双方にとって実りあるフィードバックの循環が生まれます。 このような連携が、生成AIを本当に安全かつ有効な業務ツールとして活かす鍵となります。

4.生成AIを法務にどう使うか?経営層の判断ポイントと導入戦略
生成AIで契約書をドラフトすることが、企業にとって、日常的な選択肢になりつつあります。ただし、これまで見てきたように、ハルシネーションやプロンプト設計ミスといった危険もあります。
そこで強くお勧めしたいのが、生成AIと弁護士の“ハイブリッド運用”です。社内でAIに一次ドラフトを生成させ、その後、契約の目的や背景を踏まえて、弁護士がポイントを絞ってレビューを行う。これにより、弁護士費用を抑えつつ法的整合性を担保することが可能になります。
さらに理想を言えば、AIによる生成手法やプロンプト設計の方針自体を、弁護士と共有しながら運用していくことが望ましいところです。どのような指示から、どのような条文が生成されたのか。その生成の文脈を含めてレビューを受けることで、「使える契約書」を超えた、組織に根づく運用知を蓄積することが他社との競争で優位に働きます。
当事務所は、生成AIによる契約書・社内規程作成のサポートに加え、プロンプト設計の改善、社内チェック体制の整備、ひいてはAI導入ガイドラインの策定まで、生成AIのビジネス実装を、契約業務の現場感とともに支援いたします。よろしければ、ぜひ池辺法律事務所にお問い合わせください。
