近年、増加する「カスハラ」という現代の闇 ― 従業員を守るために、いま求められる対策とは?【前編】
「お客様は神様」という言葉がある一方で、従業員が理不尽な要求や暴力的な言動に晒される場面が増えている現実をご存知でしょうか?
これらの行為は「カスタマーハラスメント(カスハラ)」と呼ばれています。
カスハラは、企業の従業員だけでなく、公務員も直面している深刻な問題です。窓口業務や電話対応を行う中で、不当な要求や暴言を受ける事例が全国的に増加していることが懸念されています。
東京消防庁のデータによると、2019年から2024年9月までの5年間で、救急隊員が暴力や暴言を含む妨害行為に111件も遭遇しています。
役所では以下のような深刻な事態も報告されており、中には法的な措置が講じられた事例も出ています。
- 税金を下げるよう求めて一日中居座る
- 職員が夜間自宅に呼び出され、約8時間にわたって脅迫や謝罪の強要をされた
- 8年間に700回以上の電話や、1年で10,000通以上のメールを受け取る
厚生労働省の調査によると、パワハラやセクハラ等のハラスメントの数はほぼ横ばいである中、カスハラだけは増加していると報告されています。
カスハラは、顧客サービス提供者に対する圧力として許容範囲を大きく超えており、その対策の迅速な導入が急務です。これらの事実を受けて、近い将来、企業や公的機関にカスハラ防止策の導入を義務付ける法改正が検討されています。
カスハラ問題に対処するためには、社会全体での意識改革と、組織的な取り組みの整備と強化が必要です。従業員が安心して働ける環境を守るために、企業や社会が何をすべきでしょうか。
本コラムでは、カスハラとは何か、またクレームへの具体的な対応について、前編と後編にわけて、わかりやすく解説いたします。
【前編】カスハラとは何か/クレームへの組織的対応の重要性
カスタマーハラスメント(カスハラ)の意味・クレームとの違い
カスタマーハラスメント(Customer Harassment)とは、「顧客(カスタマー)+嫌がらせ(ハラスメント)」を組み合わせた造語で、略して「カスハラ」とも呼ばれます。
厚生労働省の『カスタマーハラスメント対策企業マニュアル』によると、カスハラは次のように考えられています。
「顧客等からのクレーム・言動のうち、当該クレーム・要求の内容の妥当性に照らして、当該要求を実現するための手段・様態が社会通念上不相当なものであって、当該手段・様態により、労働者の就業関係が害されるもの」
※カスタマーハラスメント対策企業マニュアル
簡単にいうと、カスハラとは、顧客による暴行、脅迫、暴言、不当な要求など、理不尽かつ著しく迷惑な行為を指します。なお、ここでいう顧客には、消費者だけでなく、企業間取引の相手方も含まれます。
クレーム(complaint)とは、商品やサービスに対して不満や不具合を指摘し、改善や対応を求める意見や要求のことを指します。
企業は従業員に対し、「クレームには真摯に対応する」姿勢を教育することが一般的ですが、すべてのクレームにこの姿勢を適用すると、問題が激化するおそれがあります。
そこで、クレーム対応とカスタマーハラスメント防止においては、クレームを2つに分けて考えます。その分類によって、クレームに対する対応を明確に区別することが重要です。この分類は、通常クレームと特殊クレーム、または正当クレームと不当クレームなど、異なる表現で説明されることがありますが、2つに分けるという考え方自体は共通しています。
カスハラの判断基準
クレーム対応においては、「通常クレーム」と「特殊クレーム」の違いを明確に定義し、これらの区別に基づいた対応方針を従業員全体で共有することが極めて重要です。この共有が欠けると、従業員は顧客からの過度なクレームや、上司からの叱責、企業の評価損失を恐れ、適切な対応を躊躇する可能性があります。
従業員が自信を持って対応できるよう、クレームの種類を正確に識別する、明確な基準が必要です。その基準が次の2つです。
【基準1】要求内容の妥当性
- 要求内容が正当で合理的かどうか。
- 法的・倫理的に企業や従業員が対応すべき内容かどうか。
【基準2】要求手段・態様の相当性
- 要求を実現する際の手段や対応が、社会通念を照らして相当な範囲か。
- 暴力、暴言、威圧的な行為、または過剰な拘束といった不適切な手段を伴っているか。
要求内容/要求の手段・態様の、いずれかが不当であれば、特殊クレームと判定されます。
カスハラへの組織的対応の重要性
クレーム対応は、従業員は保護するために個々の担当者に任せるのではなく、組織として統一された方針で、一貫性ある対応をすることが重要です。
組織の方針が不明確な場合、従業員は「明らかに不当な要求だが、拒否すると上司に怒られるのではないか。」「理不尽だが、『お客様は神様』として謝罪し続けるべきか」と考え、対応について判断できず、苦悩します。
組織が明確な対応方針を設けることで、従業員は不当な要求に板ばさみになる状況や不安から解放され、自信を持って、毅然とした態度で対応することが可能になります。
特に、カスハラに対しては、個人攻撃が激化するのを防ぐためにも組織的な対応が効果的です。特殊クレーマーが従業員個人に対して攻撃的になるのは、組織ではなく、従業員自身が対応を決定していると誤解しているからです。
組織的な対応を強調し、「すべての対応は組織全体の決定に基づいており、どの職員が対応しても結果は変わりません」というメッセージを明確に伝えることで、この誤解を解消し、従業員に不当なプレッシャーがかかることを防ぐことができます。
組織としての方針明示と従業員サポートの重要性
前述の通り、クレームに対する組織的対応・組織として方針を示すことは非常に重要ですが、ではどうやって方針を示したら良いでしょうか。
- 1.マニュアルの整備
- まずは、「どのような行為がカスハラに該当するか」、また「どのように対応するか」を明確にし、全従業員に周知徹底するために、マニュアルを整備しましょう。
このマニュアルには、組織特有のクレーム事例を基にした具体的な手順や、特殊クレーマーへの対応方法だけでなく、どの段階で責任者に報告し、上層部にエスカレーションするか、対応の打ち切りの基準なども明示します。
また、クレーム発生時の迅速な情報共有(チャットやメーリングリストの活用)、複数人で対応すること、録音・録画の取り方なども盛り込みましょう。
マニュアルがあることにより、従業員は組織が明確に定めた基準に基づき、「これは特殊なクレームであり、毅然とした対応を取ってよい」と、安心して迅速に対応することができます。
- 2.方針の明示
- 「カスハラには対応しません」「STOPカスハラ」といったポスターを掲示することをお勧めします。
ポスターの掲示は、カスハラを許容しないという組織の姿勢を外部に示し、その予防効果を高めます。
また、外部の不当な要求を抑止するだけでなく、従業員に対しても安心感を与え、組織方針への理解と支持を促進します。
- 3.教育とトレーニング
- 従業員が「カスハラ対応の原則」や「組織としての方針」を理解し、いざというときに手順通りに対応できるよう、定期的に研修を実施することもおすすめです。
あらゆるカスハラに対し、スムーズかつ適切な対応ができるよう、シュミレーション訓練を行うと効果的です。
また、組織の方針を示すだけでなく、従業員へのメンタルヘルスケアも不可欠です。
以下メンタルヘルスにおけるポイントを解説します。
- 1.一人では対応させない
- メンタルケアの観点からも、1人でクレーム対応をさせないことが極めて重要です。
特殊クレーマーは従業員を孤立させることで、交渉を自身に有利に進めようとします。そのため、こういった特殊クレーマーに対しては、複数人での対応を心がけることが効果的です。
また、たとえクレームが従業員のミスに起因するものであっても、個人に全責任を押し付けるのではなく、組織全体で対応する姿勢を貫きます。
チームでの対応と従業員へのサポート体制を整えることで、クレーム対応時のプレッシャーを軽減し、従業員の心理的負担を減らすことができます。
- 2.環境整備
- 上層部は従業員の対応を支持する姿勢を明確に示し、対応した従業員が不当な評価を受けない環境を整えます。
また、カスハラによるメンタル不調が見られた場合は、医療機関の受診を勧めるなどし、ストレス調査の結果を活用して適切なケアを提供することが重要です。
- 3.相談窓口の設置
- 相談窓口の設置はメンタルケアにおいて非常に重要です。
相談窓口は、相談しやすさを重視してください。身近な役職者が初期の相談相手となることを推奨します。
その上で、問題が深刻化する可能性がある場合(例:訴訟への発展や警察への相談が必要な暴力事件など)には、より上層部へ容易にエスカレートできる体制を整備することが重要です。
本コラムの前編では、カスタマーハラスメント(カスハラ)の意味と、組織的対応の重要性等について詳述しました。
では、実際にクレームが発生した際にどのように対応したらいいか、適切な対応マニュアルについては、後編で解説いたします。