営業職の歩合を廃止して固定給を増額した賃金体系変更を肯定した裁判例
賃金体系の変更に関し、一部の労働者の賃金が減少する場合、労働条件の不利益変更であるから実施できないのか。
こういった疑問については、営業職の歩合を廃止して固定給を増額した賃金体系変更について、これを肯定した裁判例(東京地判令2・2・27 労判1238号74頁)が参考になります。
1.前提知識
まず前提として、労働者側の同意がない限り、労働条件の不利益変更は、いかなる場合も許されないのか、という論点について、整理します。 この点については、労働契約法10条の定めを確認する必要があります。
労働契約法10条
使用者が就業規則の変更により労働条件を変更する場合において、変更後の就業規則を労働者に周知させ、かつ、就業規則の変更が、労働者の受ける不利益の程度、労働条件の変更の必要性、変更後の就業規則の内容の相当性、労働組合等との交渉の状況その他の就業規則の変更に係る事情に照らして合理的なものであるときは、労働契約の内容である労働条件は、当該変更後の就業規則に定めるところによるものとする。ただし、労働契約において、労働者及び使用者が就業規則の変更によっては変更されない労働条件として合意していた部分については、第十二条に該当する場合を除き、この限りでない。
この条文は簡単にいうと、様々な事情を考慮して、「合理的なものであるとき」は、不利益変更になる就業規則の変更も有効であるというものです。 また、その際に考慮される様々な事情として、以下のものが挙げられています。
① 労働者の受ける不利益の程度
② 労働条件の変更の必要性
③ 変更後の就業規則の内容の相当性
④ 労働組合等との交渉の状況その他の就業規則の変更に係る事情
では実際の裁判では、どういった様々な事情が主張され、どういった場合に「合理的なもの」とされたのか見てみましょう。

2.どういった事案の裁判例か
被告となった会社は、新人事制度の導入に際し、従業員の定着率を上げるため、給与体系の改定を行いました。これにあたり、出来高払いの営業成績給を廃止し、固定給を増額しました。具体的には、以下のとおりです。
【旧人事制度】
月例賃金として基本給及び各種手当(営業成績給を含む。)並びに賞与が支払われていた。
【新人事制度】
基本給を役割給として支払うこととし、月例賃金として役割給及び各種手当(営業成績給は廃止。)並びに賞与を支払うこととした。なお、役割給は、役割に応じて一定の幅が設けられており、行動評定(人事評価)に基づいて決定された額が支給される。
この制度変更により営業成績給が廃止されたため、賃金が1割以上減少した従業員がでることとなり、当該従業員は訴訟を提起しました。
3.判決とその理由
判決は、原告(従業員)の請求を棄却し、原告は敗訴しました。
結論として判決は、労働条件の不利益変更を合理的なものとし、これを許容しています。 この結論を導くために、各事情を以下のように考慮しています。
① 労働者の受ける不利益の程度
原告の賃金について裁判例は、「1割以上減少していることが認められ,この点のみをみれば,原告が受けた不利益の程度は小さくない」と述べています。
しかし、その上で、「本件人事制度の導入は,従業員に対する賃金の総原資を減少させるものではなく,賃金額決定の仕組みや配分方法を変更するもの」という点を指摘しました。
② 労働条件の変更の必要性
裁判例では、まず、会社が平成24年頃から事業拡大の経営方針を立て、営業拠点数を約50店舗から100店舗へ、営業に携わる従業員も約500名から1000名へと倍増させる計画を持っていたことが指摘されています。そのために新卒採用を増やし、既存従業員の定着を図る人事計画の必要があったこと、そしてこの経営方針自体に合理性があると判断されています。
また、当時は従業員の雇用経緯によって、複数の異なる給与体系が適用されており、同じ営業職でも給与体系の違いによる賃金格差が生じて従業員の間に不満が生じていたことから、営業拠点や営業従事者数が大幅に増加する見込みであった事情に照らし、人事労務管理の観点でも統一的な人事制度を導入する必要性が認められました。 このような事情から、裁判所は労働条件変更の必要性を肯定しています。

③ 変更後の就業規則の内容の相当性
裁判例は、新制度の下では、基本給に対応する「役割給」を基本として毎月の賃金が支給されるほか、賞与についても役割給の1.5か月分および業績評定に基づく査定金額が基本となっており、「少なくとも役割給の1.5か月分」が安定して支給される構成となっていると指摘しました。その上で、「従業員の定着率を上げるという被告の人事計画とも合致する」と述べています。
また裁判例は、旧制度の下で営業職Aに属していた従業員には一定の不利益が生じる可能性がありましたが、会社は新制度開始以前から区分の廃止・統合等について丁寧に説明会を重ね、個別の同意を得て職務区分の変更や昇格といった配慮を行っていたと指摘しました。そのため、旧区分に残っていた従業員は新制度開始時点でごく少数となっており、会社として配慮や理解を得る努力を重ねていたことが認められたとしています。
裁判例は、評価・賞与制度についても、行動評定・業績評定はいずれも本人および研修を受けた他の評定者2名によってなされ、面談等のプロセスを経ており、公平性や恣意的運用を排除する仕組みが整備されているとしています。本件の原告についても、新制度導入後も従前と概ね同水準の評価がなされており、不公正な評価が行われた事実も確認できないとされました。役割設定や昇進などキャリア面でも、不当な評価や取り扱いは認められないとしています。
以上の点から、裁判所は本件就業規則の変更内容を「相当なものである」と評価しました。
④ 労働組合等との交渉の状況その他の就業規則の変更に係る事情
裁判例は、本件就業規則の変更にあたって、会社は従業員に対し複数回説明会を実施し、人事制度改定の目的や新制度の内容、評価・賃金体系の変更点について丁寧に説明を行ったと指摘しました。
また、個別の照会窓口を設けて従業員からの個別の質問にも担当者が対応しており、変更後の就業規則や諸規程については新旧対照表とともに閲覧できる状態にされていました。
これらの説明および周知手続は、従業員への説明義務・周知義務として相当な対応であったと裁判所は評価しています。
一方で、原告は自らの賃金にどの程度の不利益が生じるのかにつき十分な説明を受けていなかったと主張しましたが、会社側は新制度下でも従前と同水準の役割給や営業手当が支給されること、賞与の算定基準や支給方法など、制度の枠組みに関する必要最低限の説明は行っており、制度運用前に個別の想定年収等までは説明しなかったとしても会社側に説明義務違反はないと判断されました。実際、賞与の一部(査定金額等)は業績評定や目標達成度等によって決まるため、導入前に具体的金額を事前確定し説明することは困難だった事情も指摘されています。
さらに裁判例は、会社は従業員の過半数代表者に対し、本件就業規則の変更に異議がない旨の意見を聴取しており、その選出方法にも問題がなかったと認めています。
以上のとおり、本件就業規則の変更に際しては、従業員に対する適切な説明及び周知の措置、過半数代表者からの意見聴取など、必要な手続が十分に履践されていたことが認定されています。
4.まとめ
このように、労働条件の不利益変更は、その合理性が認められれば許容されます。そして、合理性の有無については様々な事情が考慮されますが、上記裁判例のように、人事計画や経営方針に関する事情が考慮されることもあります。
賃金体系や人事制度は、従業員の士気に大きな影響を及ぼします。また、社会情勢の変化に応じて、賃金体系や人事制度を改革しなければならない場面はあります。経営上の必要性があるのであれば、賃金体系の変更に二の足を踏むべきではありません。
一方で、変更にあたっては、その変更がどういった経営判断に基づくものであるかを整理し、上記のような「考慮される事情」についても検討した上で、裁判所からも妥当と認められるものとすることをお勧めします。


