電話でのやり取りでも「合意退職」は成立する? ー東京地裁・ディライト事件から考える、退職をめぐる実務上の注意点ー

従業員が会社を辞める場面では、退職願や退職届といった書面が作成され、しっかりと退職の意思表示を記録に残すことが一般的です。しかし、退職のドタバタで退職届が提出されない場合や、不誠実な労働者が短いメッセージだけ残して音信不通になるといった状況は稀にあります。
顧問弁護士として活動する私としても、退職届がないケースにおける退職の成否について、企業からご相談を受けることが珍しくありません。

今回は、退職届が提出されていなくても、電話でのやり取りによって労働契約の合意解約が成立したと判断された裁判例をご紹介します。
東京地方裁判所は、派遣労働者と会社担当者との電話での会話について、労働者から退職の申出があり、会社側がこれを承諾したとして、労働契約が合意により終了したと判断しました。
本稿では、この判決の概要と、企業が業務に活かすための教訓を解説します。

1 事件の概要

裁判の原告である労働者(女性、昭和54年生まれ)は、令和5年から、人材派遣会社との間で有期労働契約を締結し、派遣先で生花の盛り付けなどの業務に従事していました。

会社には、原告の勤務態度について、始業時刻になっても作業を始めないなどの問題があるとの報告が寄せられていました。そこで会社担当者は、原告に電話をし、勤務態度が改善されなければ、今後、派遣先を見つけることが難しくなる可能性がある等と説明しました。この電話の中で、原告が「それであれば退職する」旨を述べたため、担当者は退職手続について説明し、退職届の提出を求めました。さらに、復職を希望する場合には連絡してほしいと伝え、原告は「分かりました」と回答しています。

その後、原告は会社に出勤せず、会社の従業員に対して備品の返却に対するLINEを送信し、また、会社から貸与されていた備品も返却しました。

これに対し、原告は、電話で退職を申し出たのではなく、会社から一方的に解雇されたと主張しました。そして、解雇は無効であるとして、契約期間満了までの賃金の支払いを求めました。

2 裁判所の判断

裁判所は、本件労働契約の終了原因について、判決文で次のように述べ、電話でのやり取りによる合意解約の成立を認めました。

ー 判決文 ー
1月26日の電話において原告から(被告の従業員である)Aに対して退職の申出があり、これをAが了承したことが認められるから、これによって本件労働契約は合意解約されたといえる。

つまり、裁判所は、原告が電話で退職の意思を示し、会社担当者がこれを承諾したことにより、労働契約が合意によって終了したと判断したのです。その判断に当たり、裁判所は、電話の中で会社担当者から解雇を明確に告げるような発言があったかどうかを検討しています。判決は、「1月26日の電話においてAから原告に対して『解雇』や『クビ』などの解雇を直接的に意味するような言葉が発せられたことはなく」と指摘しています。

また、会社担当者は、原告に対し、復職を希望する場合には連絡するよう伝えていました。この点について、裁判所は、「Aが原告に対し解雇を告知したのであれば、それと同時に復職に関する話をしたとは考え難い。」と述べ、会社が原告を一方的に解雇したという原告側の主張とは整合しない事情であると評価しました。

さらに、会社が電話以前に原告の解雇を検討していた形跡がなかったことや、電話後も一貫して解雇の事実を否定していたことなども踏まえ、裁判所は、「1月26日の電話において原告から退職の申出があったとするAの供述は信用することができ、これに反する原告の供述は採用することができない」と結論づけました。

以上から、裁判所は、本件労働契約が解雇によって終了したのではなく、原告と会社 との合意によって終了したと判断し、契約期間満了までの賃金を求めた原告の請求を退けました。

3 退職届がなくても合意退職は成立する

この判決の重要な点は、退職届の提出がなく、電話での退職意思の表明だけであったにもかかわらず、合意退職の成立が認められたことです。
労働契約の合意解約について、必ず書面を作成しなければならないという一般的な法的要件はありません。そのため、口頭や電話での意思表示であっても、労働者が退職を申し出て、会社がこれを承諾すれば、原則として合意解約が成立する可能性があります。

しかし、口頭でのやり取りは、後になって「退職したのか」「解雇されたのか」という認識の食い違いが生じやすいという問題があります。今回の事件でも、まさに電話の内容が争点となり、当事者双方の供述や、その後の行動などから、退職の申出があったかどうかが判断されました。

4 企業側が注意すべきポイント

退職の意思を明確に確認する

従業員が感情的に「もう辞めます」などと発言した場合、その一言だけで直ちに退職として処理することは危険です。発言の状況や前後の文脈によっては、確定的な退職意思ではなく、一時的な感情の表明にすぎないと判断される可能性があります。
会社としては、退職の意思と退職日を明確に確認することが重要です。

電話後に書面やメールで確認する

電話で退職の申出があった場合には、その内容をメールや書面で確認すべきです。例えば、「本日の電話において、○月○日付で退職する旨のお申出があり、当社がこれを承諾したことを確認します。」といった連絡を送ることが考えられます。

最も安全なのは、退職届を得ることです。ただし、退職届が提出されないまま紛争になる可能性もあるため、それに備える必要があります。そのため、会社側でも、会話の日時、出席者、発言内容を記録しておくことが重要です。

退職勧奨と解雇を混同しない

会社が従業員に退職を促す場合には、あくまで本人の自由な意思決定を尊重する必要があります。退職を促す行為は退職勧奨といわれ、解雇と異なり、高いハードルがあるわけではなく、多くの場合は適法な行為です。

長時間にわたって退職を迫る、拒否しているのに繰り返し退職を求める、威圧的な発言をするなどの対応は、違法な退職強要と評価されるおそれがあります。

5 本判決から得られる実務上の教訓

本判決は、退職届が存在するかどうかだけで、合意退職の成否が決まるわけではないことを示しています。なお、裁判では、電話や面談でどのような発言がされたかに加え、会話に至った経緯、退職手続の説明の有無、貸与品の返却、その後の出勤状況、当事者間のメールや通知、会社が解雇を検討していた形跡の有無など、前後の事情が総合的に考慮されます。

したがって、企業側は「口頭でも退職は成立するから問題ない」と考えるのではなく、紛争を防止するため、本人の意思を丁寧に確認し、可能な限り書面化するべきです。

6 本判決から得られる実務上の教訓

電話での会話であっても、労働者による退職の申出と会社による承諾が認められれば、労働契約の合意解約が成立する可能性があります。
もっとも、口頭での退職は、後に解雇か合意退職かをめぐる紛争に発展しやすいため、企業としては、退職意思、退職日、退職理由などを明確に確認し、その内容を書面やメールに残しておくことが重要です。

判断に迷う場合には、深刻な紛争に発展することを避けるためにも、労働問題に詳しい弁護士へ相談することをおすすめします。

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